時間というものは、非情にも、どんな人にも、どんな境遇にあろうとも、どんなに「止まってくれ」と望んでも、全てのものに平等に、この世で唯一平等かもしれない存在として過ぎていきます。
「生と死も平等」と思われがちですが、なんでも、下等な生命体にはただひたすらに分裂を繰り返し、生まれ続け、生きつづけ、死に続けるものがいるのだとか。
分裂する素も分裂した側も同じ固体であるため、人間であれば自分がもう一人なわけで、生まれたとも言えず、それがひたすら続き永遠に新しい自分が行き続けるわけで死んだとも言えず…
まぁ、それは良いのです。
今回、僕が何を書こうとしているのか?そしてこれを読む皆さんに何を問いかけているのか?それこそが重要なのです。
下等生物がウンタラカンタラなんてのは、正直どうでも良いのです。
テーマは「時間」。過ぎていく時間です。
僕は最近、ブログを書いています。
その前は書かない時期が長かったりします。
「哲学」という学問が生まれた背景には何があったか?
そう、時間です。
ただひたすら、捕食し、眠り、子を作り、そんな一次的欲求を満たすのに精一杯の時期を過ぎた、文化人の作ったものです。
一次的欲求にそれほど時間を割く必要がなくなった頃、人間は外の世界から自分の心の探求を開始しました。
時間があったからです。
学生時代に読んだ本の中に、「恋愛は暇人がする、非建設的なものだ」という一文がありました。
反論したいと感じる人は多々いることでしょうが、僕にはとても的を射ているように感じられました。
毎日多忙を極め、寝る間を惜しんで何かに没頭している人、又は没頭せざるを得ない人、自分のプライベートな時間など一瞬ももてないような人に恋人を作る時間があるでしょうか?
時間にも心にも余裕があるからこそ、異性を(中には同性を)意識し、デートに誘ったり、豆を投げあったり、スイカの種を吹きかけあったり、用便をたしている最中にドアをこじあけあったりできるのです。
また、恋愛感情の失せた際にはアッサリと相手と別れ、後には何も残らないばかりか、訴訟にさえなったりもします。
相手のお陰で心を逞しくすることもできますが、別れた途端に以前より弱くなったりもするので、差し引きマイナスになってしまう人も多々あります。
前置きが長くなりましたが、「結局、かつーみは何が言いたいの?」といったところでしょうか?
一言で書くならば、「暇」なのです。
一言で無理に書こうとしなくても、「暇」の一言につきます。
「暇」だから、ブログを書きます。
ネタもないのに書きます。
誰かに読まれようと読まれまいと、ただひたすら書くのです。
ダラダラダラダラと、長々と書くのです。
この後どう続けようかと迷いながらも、一心不乱に念仏を唱え続ける修行僧のように、ただ生きるためにひたすらエサを喰らい続けるブタのように、これ以上吸っちゃうと飛べなくなるというのに更に血を吸い続ける蚊のように、ブログを書くのです。
そこには暇つぶし以外の何ものもなく。
何の不純物も混じらぬ輝かしいダイヤのように、飢えを満たす為に糞にさえ飛びつく卑しい餓鬼の欲望のように、全然脂肪分がなく超かたい赤身だけのオージービーフのように、純粋に、そう、とても純粋に暇つぶしの為にブログを書くのです。
そういえば、「ヒマツブシ(暇潰し)」と「ヒツマブシ(櫃塗し)」って似てるよね。
そういえば、「ソウイエバ(そういえば)」と「ソウイレバ(総入れ歯)」って似てるよね。
で、皆は暇なとき何してんの?
ケツとかボリボリかきながら、「あ~暇。○○○でもするかなぁ~」ってな時、何してるんでしょ?
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