バーミヤンと言えば中華のファミリーレストランを思い出しますが、
本物のバーミヤンはヒンドゥークシュ山脈山中の渓谷地帯で、
標高2500mほどの高地に位置します。
バーミヤンの近郊には、紀元1世紀から
石窟仏教寺院が開削され始め、それらは1000以上にものぼり、
仏教美術の優れた遺産となりました。
6世紀頃には高さ55mの西大仏と38mの東大仏の2体の大仏を筆頭に、
グプタ朝やササン朝美術の影響を受けた壁画が描かれました。
630年に孫悟空の三蔵法師のモデルになった
唐の仏僧玄奘がこの地を訪れた時にも
大仏は美しく金色に光り輝いていたそうです。
2001年3月。突如バーミヤン渓谷の2体の大仏は破壊されます。
1998年タリバン政権によりほぼアフガニスタン平定、
同時にバーミヤンはタリバンに占領されました。
タリバンはイスラムの名のもとに
パシュトゥーン人の古い慣習を国民に強制。
こう言った人権侵害で非難を浴びていた上に
国際テロ指導者ビンラディン庇護が致命傷で、国際社会の中で孤立。
こう言った中、タリバン政権は遺跡の心配ばかりで
内戦で疲弊したアフガニスタン支援に目が向かない国際社会、
と言う構図を作り上げ、偶像否定を強調してイスラムの名のもとに
自己正当化を計ったと見られます。
2001年3月、2体の大仏は爆破。
3月12日、「アッラーフ・アクバル、神は偉大なり」の言葉と共に
世界にその映像が配信されました。
結果、アフガニスタンの内戦に注目は集まったものの、
世界のほとんどはタリバンに
ネガティブイメージを感じたのみでした。
タリバンを擁護する批判として、
イランの映画監督、モフセン・マフマルバフの
「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」
と言う映画の中で、百万の餓死者よりも一つの仏像が
世界に注目されたことへの苛立ちを表明しています。
しかしこう言った連中に限って
作家サルマン・ラシュディ氏の死刑宣告や
その作品の翻訳者の暗殺など手段を選ばないのは
周知の事実です。
日本人は文化と言うものを非常に大切にします。
宗教も一つの文化であるが為に、
異教の教えも信じる信じないは別として、敬意を払います。
こうした子供染みた反応で、
人類の歴史を解明する手がかりを失い、国際社会から孤立する。
まるで幼稚園の暴れん坊が、
教室の備品を壊した様な情けない展開です。
内戦の原因は冷戦時におけるソビエトによる
アフガニスタン侵攻というものがあるにせよ、
路線転換のチャンスは幾らでもありました。
妙なプライドと狭い了見で自らを滅ぼした典型例ではありますね。
もう9年も前のお話です。
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