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[ Sure! ID : eastwest ]
メッセージを送る 友達登録する [ブログアクセス数] 432596 [最終ログイン日時] 2012/02/08 23:22 [登録日] 2000/10/07
2012年02月07日23:20
違うんじゃないかなあ

世界中でシリアの民衆弾圧に対しての国連非難決議案に拒否権を行使したロシア、中国について、

各国は非難や遺憾の意を表明、アメリカなどは名指しで「信じられない」と言う表現を用い、

常に弱腰の日本政府ですら遺憾の意を発表しました。

そんな中、フランスのサルコジ仏大統領は声明で、名指しをさけながら

「残忍な政策を後押しした」と批判した事が報道記事に載っていました。

このフランスの表明に関して、私はちょっと複雑な思いです。

この記事を見て疑問に思う人は少なさそうですが、過去、とは言ってもそう遠くない過去。

ルワンダ紛争にてフランス政府は、虐殺側を引き起こすフツ族の援助を組織的に行い

フランス軍の展開、武器援助等まで行っていたのです西欧諸国の思惑が、事態を悪化させるのは

アフリカ諸国の紛争ではよくある光景で、今回の拒否権発動も中華が参加しているものの同じ類のものです。

フランスは紛争後カガメ大統領を戦争犯罪者として告発、飽くまで対決姿勢でした。

2010年になってニコラ・サルコジ大統領がルワンダを訪問、虐殺側の政権に対し、

外交的・軍事的な後押しをしたことにつき、「大きな判断の誤りがあった」と、

虐殺に関する責任の一端があることを認めているものの、謝罪の言葉は全く無かったのです。

「ホテル・ルワンダ」と言う映画の中でも、フランス軍は外国人だけを助けて移送します。

フランスとルワンダの間にはまだまだしこりが残っていて、関係が正常化しているようには見えません。

今回のシリアもアラブイスラム圏ではあるもののルワンダからそう遠くありませんし、

そのイメージを周辺諸国も持っています。

まずフランスは謝罪等で関係を修復してからじゃないかなあ、

今回の声明はなんだか大陸中華や白露に突っ込みどころを与える様な気がしてなりません。

なんだか手順が違うんじゃないかなあ。



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2012年02月05日15:00
違うんじゃないかな?

エジプト、首都カイロなどでデモ隊と警官隊が衝突し7人が死亡。

エジプト北東部ポートサイドのサッカー場で1日、サポーター同士の暴動が起き79人が死亡。

その際、サッカー場の警備態勢が不十分だったと報じられたことから、

各地でサポーターらの抗議行動が続いている様です。

エジプト保健省によると、死亡7人、負傷者は2000人以上で、

今後さらに増加する見込みだそうで、

カイロでは数千人のデモ隊が内務省の周囲に集まり、

一部のデモ隊が内務省の建物内に突入する恐れから、

治安部隊が催涙弾を発射。内務省によると、

税務署の建物を占拠したデモ隊が屋上から火炎瓶を投げ、

約200人の警官が負傷。

保健省は、この衝突で1400人以上が負傷、2人が死亡したとしています。

東部スエズでも同様の衝突が発生、負傷者が発生しているそうです。

このニュース、CNNとかでもやってました。

市民はこぞって乱闘が止められなかった事で政府を非難していますが、

大元はサッカー観戦のマナーの悪さから来ていて、

完全に非は乱闘を起こし、参加した人々にある訳で、

本来サッカー場、いやスポーツ競技の場に警備など

必要があってはいけない事だと思います。

何のためのルールか、何のために同じ枠内で戦っているのかを

認識できる人だけが観戦すべきものだと思います。

何でも政府のせいにするのではなく、

その乱闘に参加した人にも目を向けるべきだと思います。

警備を増やしてその場を押さえたとしても、

そういった人々は遺恨を場外に求めることが多いので

根本的解決になるとは思いません、

ファンとしての資格・自覚を持った人間のみが観戦すべきで、

今回の暴動・デモのスローガンは

ちょっと違うんじゃないかなと!


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2012年02月04日11:53
ビスマルクの歌声
19世紀にドイツを統一した鉄血宰相ビスマルク(1815~98年)は

日本で言うところの、徳川家康みたいなもので、 鉄血宰相と言うあだ名は、

「ドイツがプロイセンに注目しているのは、

その自由主義ではなく、力なのであります。

今やドイツ統一は演説や多数決ではなく

鉄(武器)と血(兵士)に よってのみ解決されるでありましょう。」

と言う演説から来ています。

そのビスマルク氏の声を収録した蓄音機のろう管が

ニュージャー ジー州の発明王エジソン氏の研究所跡で発見されたそうです。

現存する唯一のビスマルク氏の肉声で、歴史的資料と話題になっている様です。

エジソン氏は開発した新型蓄音機の売り込みで、助手を欧州に派遣、

助手は1889年10月7日にドイツ北部ハンブルク近郊のビスマルク宅を訪れ、

声を録音するよう勧めたそうです。

ビ スマルク氏はドイツ語と英語で歌い、ラテン語で詩を朗読。

普仏戦争(1870~71年)で破ったフランスの国歌を口ずさんだとあります。

私のイメージとしては、鋼鉄の意志を持ち、

軍政にしか興味を示さない、といった感じなのですが、

録音の内容からすると蓄音機と言う新しい時代の発明の前には

無邪気にならざるを得なかったのでしょうね。

こう言った資料が登場する度、その人間像が少しずつ変化して行きますね。

歴史がただの記録ではなく、人間が呼吸している面が見えて来る気がします。

それに、エジソン氏がビスマルク氏にまで製品を売り込む、

稀代の実業家であった側面も見え、そういった面からも貴重な資料です。

蓄音機やレコードの時代はほぼ終焉を迎えましたが、

未発掘の資料が発見される度、貴重な財産だと思います。

記録から物語へ、記録のありようが進化すれば素敵ですね。



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2012年02月03日00:41
ビスコ
「ビスコ」売り上げが過去最高だそうで。

江崎グリコはクリームサンドビスケット「ビスコ」の2011年度の売り上げが、

前年度より約4割多い45億円になりそうだと発表。08年度の38億円を上回り、

1933年の発売以来、過去約80年間で最高となるそうです。

東日本大震災で工場などが被災し、生産を絞り込んで定番商品販売への注力や、

防災意識の高まりで2007年に備蓄用として発売された「保存缶」が人気のためだそうで、

保存缶は、5年間保存でき、例年は防災の日(9月1日)前後に需要が集中していましたが、

11年度は震災の発生以降、企業の備蓄用としての注文が殺到。

生産が追いつかない状態が続き、出荷額は前年度の7倍に達したとの事です。

ビスコは発売翌年の34年9月、室戸台風が関西を直撃した際、

被災地で格安販売され、のちのヒットにつながったという経緯もあるようです。

ビスコ、備蓄用は5年も持つのですね、

備蓄用でもない3年半過ぎたビニールパックの乾パンを食べた事がありますが、

全然平気で、噛み砕くのに苦労するくらいにカチカチで、

しばらく、口の中でモグモグしていれば、湿気て食べやすい固さになりました。

この手の食べ物は湿気さえ注意すれば結構大丈夫なのだと感心した記憶が蘇ります。

同じ緊急品でも、登山などでは定番のチョコレートなどは、

油分が分離して、見るからにダメでしたから、乾パンやビスコはたいしたものです。

でも、ビスコは乾パンより美味しいので良いですよね。

緊急事態に最低限の食料は大切ですが、少しでも美味しいと心に余裕ができそうです。
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2012年02月02日00:39
走る時

「物事を行う場合、英国人は走りながら考え、フランス人は走って壁にぶつかってから考える。

それに対してドイツ人は走り出す前に考える。」と言う記事が産経新聞に載っていました。

欧州3大国の国民性をドイツに住む男性なりの経験から導きだし、言い表したものだそうですが、

なんだか少し昔に聞いた事がある気がします。

記事は続いて、その男性のドイツ人評に記者が納得した理由が述べられています。

例えば、電話開通の手続きで、必要な品や書類が郵便で届く前に、

まず発送したことを通知する手紙が届くそうです。それも発送する物毎に。

確実に届けるための配慮ではあるものの、

肝心の物が届かないがゆえ、苛立ちを覚えるそうです。

「守れない約束はしてはならない」。

欧州債務危機で一層の貢献を求められながら、

ためらうメルケル首相の姿にそのそんなドイツ人気質を見、

「不確実性の排除」は重要だが欧州の債務危機が世界経済に影響を及ぼす中、

そんなドイツを世界はやはりじれったく思っていると、記事は結びます。


 この記事の内容は現代ドイツを言い表しているのかもしれませんが、

歴史上、忘れてはならない第一次、第二次大戦の様相では

ドイツの取った行動は随分違った気がします。

第一次大戦では非常に行き当たりばったりの作戦で、

戦争の開始も兵士の動員も偶発的要素が絡み合ったものでした。

第二次大戦は準備不足でも機を見てチャンスをものにする冒険的外交を何度か成功させた後、

博打運が尽きた時勝ち目の無い戦争に入ります。

この時のドイツは世界にじれったさどころか、焦りと脅威を与えていたのです。

同時にイギリスは頑固なまでの確実性を求め、

フランスは準備周到ではあったものの欠陥をはらんでいました。

日本も無定見な戦争に突入する訳ですが、

こちらの事情は参戦したいアメリカのとばっちり、と言う側面も持ち合わせています。

これから考えると第二次大戦の敗戦と言う奴は国民性をも変えてしまったのかもしれませんね。

現代日本人は走る前にどうするかって?

勿論「マニュアルを読む」ですよ!



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2012年02月01日22:10
夜だった

近頃、古典的と言うか、戦後間もない時代の映画、

特に敗戦を経験した国制作の映画のDVDなどが幾つか手に入り、

家で仕事をしながら、流したりしているのですが、これがまた暗いのです。

ドイツの「戦場の08/15」シリーズに「橋」や、ハンガリーやユーゴスラビアの短編。

その中でも特に厳しいのが「ローマで夜だった」です。

見だして、昔、祇園会館と言うマイナー映画館で激しく落ち込んだ映画と気づいても後の祭。

映像とストーリーはロベルト・ロッセリーニ監督だけに素晴らしいので止まりません。


第二次大戦下の一九四三年、イタリアが勝手にドイツとの同盟を解消して、

ドイツに対して敵対行為を行ったため、ドイツ軍はイタリアを制圧、

ローマも統治下になった前後の話。

修道尼に変装して闇商売をやっているローマ娘が脱走中の連合国の三人の捕虜を匿い、

レジスタンスに接触、ドイツ警察の取締りの大混乱の中、密告者により危機に陥りましたが、

何とか脱出、密告者に報復をした刹那。連合車がローマに入城。

関わった全ての人々がいなくなりローマ娘は一人残されます。

永久に明ける事の無い夜の中に。


第二次大戦中、元々枢軸国のイタリアは、ドイツの目覚しい進撃を見て自身にも栄光をと

アフリカに戦端を開くわけですが、元々時代遅れの装備と訓練不足と経験不足の

士気の低い軍隊を持つのみで単独での勝利なく、アフリカでの主役の座も

有名なロンメル将軍のドイツ・アフリカ軍団になってしまいます。

望まずして戦場を拡大する羽目になったドイツがアフリカを放棄した直後、

連合軍はイタリアに上陸する訳です。

それに驚き、イタリア国民は熱烈に支持してきたムッソリーニを幽閉、

バドリオ政権を樹立。そしてドイツに対し宣戦を布告すると言う複雑な情勢下でした。

映画の中で政治的主導権がコロコロ入れ替わる状況が登場人物の運命を翻弄し、

最後に連合軍が来たにも拘らず、自分自身以外の全てが消え去ってしまうと言う、

寂しい物語です。物事を達成した後の寂しさに似た感覚だと思います。


ロベルト・ロッセリーニ監督はイタリアのこの時の情勢を皮肉っています。

独裁者を放り出して連合国に寝返ろうと言うご都合主義やドイツによる

実際は何も知らないイタリア一般民に対する強圧的姿勢、勝手に無条件降伏を発表し、

イタリアをドイツに宣戦布告せざるを得ない立場に立たせた連合国は

戦後、イタリアを敗戦国として裁くと言う仕打ち。

この状況はイタリアを破壊から守る事も無く、戦後処理ではただの敗戦国扱いで、

同盟国からの裏切り者扱いは元より、連合国からの信用も失い、

戦後一般のイタリア人の評価を「いい加減」と言う方向へ導いた出来事でした。


 故、イタリア客船の船長の話を聞いてもそれほど驚かない事態になる訳です。

ロッセリーニ監督はこう言った状況をしっかり把握してこの映画を作ったのだと思います。

イタリアが夜に取り残される事の無いように祈りをこめて。



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