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[ Sure! ID : eastwest ]
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2010年03月10日20:10
りんりん

アントニオ・メウッチと言う

イタリア人の発明家をご存知の方はあまりいないと思います。

代表的な発明品は電話。

電話と言えばグラハム・ベル氏が有名ですね。

1876年の本日はグラハム・ベル氏が電話での会話に成功した日に当たります。

メウォッチ氏は、フィレンツェ美術院で、

税関の職員とペルゴラ劇場の舞台技師をしながら学んだ方で、

1831年の革命に巻き込まれ、彼の政治的信念により、

トスカーナ大公国を後にしてキューバに移住。

1835年にハバナのTacon劇場に勤め、1850年にはアメリカ合衆国に到着。

ニューヨークでロウソク工場を設立、

1854年頃に最初の電話の試作が完成します。

彼の事務所と重病の妻の寝室で会話するを目的で作られ、

その発明の元は、彼が劇場で働いている時に作った、

監督室から作業者に指示を伝える装置だそうです。

その内、ロウソク会社は倒産。

メウッチ氏は資金難の中、発明品を発展させます。

友人の援助に寄る生活のため、

電話の特許を取るのに十分な資金が無いので、

1871年に一時的な特許を得て毎年10ドルを払い更新。

電信会社に発明を提示してみたが、

その会社は電話の潜在能力に気付かなかったために

一向に状況は改善しませんでした。

そうこうする内に1876年、グラハム・ベル氏が

電話に対する特許を取得、メウッチはこれに提訴。

しかし破産して食べ物を買うのにも困難な状態だった為に、

メウッチは機械式電話を発明、ベルは電気式の特許を取った

という判決に屈せなければなりませんでした。

資金不足で彼の電気式音声伝達装置は

通常の特許を取れずこう言った結果になってしまいます。

特許取得に200ドル。

2002年6月11日アメリカ合衆国議会の決議案269で

やっとアントニオ・メウッチが

電話の発明者として公式に認めらる事となります。

この電話の一件にしたって、エディソンの電球にしても、

アメリカの発明は非常に疑問です。

少し前問題になったサブマリン特許にしても変なものが多いです。

ある日突然、特許が認められ、遡って特許料を取られる。

しかも原因が審査の遅れ。そんな理不尽な理由で発明の栄冠だけでなく、

食うに困る生活を強いられた人が沢山います。

なんだかアメリカンドリームとやらは、

日本人向きではないような気がしてきました。

まあ、安全ピンの発明者はたった50ドルで特許を売ってしまい、

買った方は莫大な利益を得たと言う物語はまた別のお話で…。
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